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ダイアローグ

ロバート・マッキーの『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生み出す方法』という本を読みました。
ダイアローグはモノローグを含めたセリフ全般という感じですね。さまざまな作品のダイアローグを分析しつつ、ダイアローグの設計方法について論じています。
 
読んでよかったな、というのが正直な感想です。割と厚い本なのですが(A5判で400P近くある)、読む価値は充分にあると思います。こう……普段なんとなくで感じていたことを言語化して明瞭にしてもらえた気がします。これが明瞭化か……(違う)
個人的には、
・人の言葉には「言うこと」「言わないこと」「言えないこと」の三層がある
・ダイアローグは、その登場人物が送ってきた全ての人生をさらった上で最後に出てくるもの
 
の辺りがおもしろかったです。
言われてみればそうなんですけど、自分では言語化できなかったことでした。
ただ表面に見えているものを書き取るだけではなくて、ちゃんとその人物の内面にある思考や感情まで鑑みたダイアローグは、見ていても「いいな」と感じますね。
 
ダメなダイアローグの例みたいなのも割と載っているので大分耳が痛い部分もありましたが(笑)、そういうのも含めて勉強になったなと思います。「読む価値がある」とか「勉強になった」とか言うとなんだか堅苦しく思われるかもしれないのですが、私は「は〜〜、おもしろ〜〜い!」って感じのテンションで読んでましたヨ
 
ちなみに、何か創作をする人でなくても、映画などに触れたときに「このダイアローグはこうこうこうなんだな」って見方ができるようになると思うので、読んでみていいのではないかなと思います。あと普通に人と会話するときの参考にもなりそうな感じですね。

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毎年、記憶を失う彼女の救いかた

珍しく小説の感想です。小説自体読むの久しぶりだったんですけど、最近ぽつぽつ読むようになりました。
 
私は静岡県の出身なのですが、この本は静岡県の浜松市が舞台となっています。手にとったのはそれがきっかけですね。県内限定カバーなるものもあるらしいんですが、私は通常バージョンを買ってしまいました……。県内限定カバーは本編中でも出てくるあの場所ですね。良い……。
 
内容はタイトル通り、1年に一回記憶を失ってしまう女性が主人公です。主人公の尾崎千鳥は、毎年両親が亡くなった事故の日が近づくと、両親が亡くなってからの1年間の記憶を失ってしまいます。そんな彼女の前に見知らぬ男性が現れ、「ぼくと1か月デートして、正体がわかったら君の勝ち。どんな関係だったか、どうやって出会ったのか。わからなかったらぼくの勝ち」と賭けを持ちかけます。両親から貰った大切な時計の在り処を知っているという彼からの持ちかけに千鳥は応じ、二人のデートが始まります。
 
浜松市が舞台とあって、デート先はほぼ浜松市内でした。「へ〜あ〜そこ〜」って思いながら読んでました(笑)。しかし成人二人のデートにパ●パ●はどうなんですかね(しかも滞在時間は数十分と思われる)。
まぁそれはさておき、以下はネタバレ含むのでたたんでおきます。ネタバレ入れないで読んだ方がいいタイプの話だと思うので。

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手段か目的か

「絵はすぐに上手くならない」という本を最近読んでいました。なかなか刺さるタイトルをしていますよね。
こちらの本は絵のトレーニング方法も載っているのですが、具体的なトレーニング方法の部分よりもそこに至るまでの「絵が上手いとはどういうことか、どのように自分の絵を成長させるか」という部分が個人的にはおもしろかったです。この部分ありきのトレーニング方法だと思います。
その部分で絵を描くことは自分にとって手段なのか目的なのかという話が出てきます。私にとって絵は手段なんだなとこれを読んで思いました。絵を描くこと自体も楽しんではいるので全く目的でないというわけではないのですが、割と手段寄りなのではないかなと思います。ここでいう手段と目的がどういうことを指すかについては本を読んでくださいという感じなんですけど、私は多分絵(というか私の場合は漫画が多いので漫画なのですが)でも小説でもどっちでもよかったんだと思います。小説はあまり書いていませんがたまに書いてますよね。あれは書きたいと思った話が漫画で書くより字で書いた方が上手く表現できそうだな〜と思ったからなんですよ。漫画を描くことが多いのは漫画の方が表現しやすい話が多いからじゃないかと思います(ギャグとかね……)。私は自分の解釈をまとめたくて二次創作している節があるのですが、それがまとめられるのなら表現方法は漫画でも小説でもなんなら萌え語りでもなんでもよかったんだろうな〜って思います。どっちでもよかったっていうのはそういう意味です。
だから絵を描くこと自体が目的というよりは、解釈をまとめるための手段に近いんだろうなと。
ぼや〜と感じていたような感じていなかったようなものがはっきりした気がしますね。割とスッキリしました。このぼや〜がはっきりしてスッキリする感覚が所々で現れるので読んでいておもしろかったです。「そういうことか〜」という感じでした。何か絵に対してぼや〜としているものがある人は読んでみるとはっきりしてスッキリするかもしれないですね。
 
 
ちなみに私は短所を克服するより長所を伸ばしたいタイプなんですけど、「絵が上手くないならせめて中身をなんとかしよう!」と思っていたらなんかこんな感じになってましたね……(笑)。
 

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